【カナタ電話第3巻第2号】

キーワード:근조추념

Q:(第3巻第2号:1993年夏)顕忠日に,‘근조(謹弔)’という言葉は使えるのでしょうか?‘추념(追念)’がより適切なのではないでしょうか?
A: 亡くなった方を思う意味としての‘추념’は‘근조’よりさらに‘時間的に先立った’ことに対して使われます。そして‘근조‘は謹んで弔意を表すという意味なので一般的に喪中にある人に対して使用します。
 ‘顕忠日’は特別な場合であって,‘추념’を用いると多少おざなりでまた観念的な感じを与えるので,‘근조’という言葉を使うのではないかと思います。しかし家族をなくした人に,個人的に一年や一ヶ月程度が過ぎたあとで‘근조’という花輪を送るのは難しいように思えます。
 ‘근조’の代わりに‘추념’や‘거룩한 넋을 기림’という言葉を顕忠日に使うことが望ましいと思われます。ただ,現実的に顕忠日に‘근조’を使うのは,殉国の烈士に対する切迫した感じを表そうするものと理解できます。
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キーワード:6.25か6・25か

Q:(第3巻第2号:1993年夏)韓国動乱を指す言葉としては,‘6.25’と‘6・25’では,どちらが正しいですか?
A: ‘6.25’が正しいです。‘6.25’は‘6月25日’という言葉において‘月’が点に置き換えられたものと見ることができます。従って‘6月25日’という日に主眼点を置こうとすれば‘6.25’と書いてこそ正しいと言えます。しかし大部分の場合,これは特定の歴史的意味を持つものとして使われるので,中黒を使用して,‘6・25’と表記しなければならないでしょう。これと似た例として‘3・1運動’,‘8・15光復’などがあります。
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キーワード:類義語1,主催と主管,後援と協賛の違い

Q:(第3巻第2号:1993年夏) ‘주최(主催)’と‘주관(主管)’また‘후원(後援)’と‘협찬(協賛)’はそれぞれどのように違うのかその違いを教えてください。
A:  国語辞典ではこれらの単語に対して次のように説明しています。
   主催:主唱し開催すること
   主管:主掌し管理すること
   後援:後ろで助けてやること
   協賛:協力し助けること
 しかし上の説明だけでは‘主催’と‘主管’,‘後援’と‘協賛’の間の差異が明確に現れません。従ってこれらの単語が実際にどのような場合に使われるのかを調べれば参考になると思います。おおむね‘主催’は,‘あることまたは行事に対して最終決定をし,これに伴う責任を負う時’に使われるのに対して、‘主管’は‘あることまたは行事に対して執行(実務処理)する時’に使われます。そして‘後援’は‘商業的な目的や金銭を媒介としない助けを与える時’に使われるのに対して、‘協賛’は金銭的な面で助けを与える時’に使わています。
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キーワード:언덕빼기언덕배기 か, 사이ㅅ 2

Q:(第3巻第2号:1993年夏)「ハングル正書法解説」(国語研究所,1988)p.94に,‘언덕빼기’と表記するように解説されていますが,‘標準語規定’の第1部‘標準語査定の原則’第26項では‘언덕바지’の複数標準語として‘언덕배기’を例示しています。どちらが正しい表記ですか?
A: 語文規範相互間に矛盾する部分があれば,われわれの言語生活に混乱が生じる可能性があるという点で,語文規範またはそれに対する解説書で扱われる語彙ひとつひとつに細心の注意が必要です。そのような点で時遅しの感がなきにしもありませんが,語文規範において互いに一致しない部分が見うけられる時には,どれが正しいかを正確に選び,より完全な語文規範になるように努力しなければなりません。ご指摘いただいた問題点を中心に韓国語語文規範に現れたいくつかのあやまりを認定しこれを正すようにいたします。
 まずご指摘になった‘언덕빼기’が正しいのか,‘언덕배기’が正しいのかという問題は,表記の問題に関する限り,‘ハングル正書法’が‘標準語規定’に優先するので,‘ハングル正書法’第54項の解説に従って‘언덕배기’を‘언덕빼기’に訂正しなければなりません。もしかすると‘ハングル正書法’第5項で“ただし,‘ㄱ, ㅂ’パッチムのあとに現れる濃音は,同じ音節や似た音節が重なる場合でなければ,濃音で書かない。”とした規定を適用し‘언덕배기’が正しいのではないかという反論することもできますが,第5項の規定は一形態素の内部である場合に適用されるという点で‘언덕빼기’が正しい表記です。もう少し詳しく説明すると,‘뚝배기, 학배기’などのように‘’と‘배기’、‘’と‘배기’に分けられない,ひとつの形態素の中では上の第5項の規定にしたがい、‘−배기’と表記しなければなりませんが,‘곱-빼기, 과녁-빼기, 억척-빼기’などのように,形態素同士の結合である場合には第54項の規定にしたがい‘-빼기’と書くのが正しいのです。
 第二に指摘できるのは‘ハングル正書法解説’p21の頭音法則に関する解説部分で指示された‘숫-용’〔雄龍※〕が,標準語査定原則’第7項の規定に違背しているのではないかという問題です。‘標準語査定原則’第7項では雄を指す接頭辞を‘수-’に統一するが,‘숫양, 숫염소, 숫쥐’の場合に限って‘’を用いると規定されているので,上記の‘숫-용’は‘수-용’の間違いです。もちろんこの場合,現実発音がほとんど大部分〔수용〕ではなく〔순뇽〕であるために‘숫-용’が正しいのではないかと指摘できるでしょうが,現行標準語規定を変えない限り‘수-용’が正しい表記と見ることしかできません。
 最後に単純な誤りとみられるものに‘標準語規定’第2部‘標準発音法’の一部規定に現れた発音表示の間違いがあげられます。第15項の例示語‘맛없다’の発音表示〔마덥다〕と,第18項の例示語‘옷맵시’の発音表示〔온맵시〕は,第23項に規定された濃音化現象を反映し,それぞれ〔마덥따〕と〔온맵씨〕に訂正しなければいけません。
※:原文は「雌龍」となっているが,訳者の責任で「雄龍」に改めた.
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キーワード:で始まる複パッチムの発音

Q:(第3巻第2号:1993年夏)‘짧게’を〔짭께〕と,‘밟는’を[발:른〕と,‘맑게’を〔막께〕と,‘읊고’を〔을꼬〕と発音するなど人によって‘’で始まる一部の複パッチムの発音に混乱があるようです。これらの正確な標準発音法を教えてください。
A:ㄺ, ㄼ, ㄽ, ㄾ, ㄿ’などの複パッチムの発音は地方によってその発音が異なるので,その発音には特別な注意が必要です。これらに対する‘標準発音法’は次の通りです。
 まず‘ㄼ, ㄽ, ㄾ’の場合は‘標準発音法’第10項に語末または子音の前で〔〕で発音されると規定されています。例えば‘여덟, 넓다’は〔여덜, 널따〕と,‘외곬’は〔외골〕と,‘핥다’は〔할따〕と発音するように例示されています。ところがこれには2つの例外があるので,注意しなければいけません。すなわち,動詞‘밟-’の場合は‘밟고, 밟다, 밟소, 밟지’などのように子音の前で〔밥:꼬, 밥:따, 밥:쏘, 밥:찌〕と,形容詞‘넓-'の場合は,‘넓죽하다, 넓둥글다’の場合に,〔넙쭈카다, 넙뚱글다〕と発音するように定められています。この規定に従って,‘짧게’は子音の前であり,なおかつ上の例外に該当しないので〔짤께〕と発音しなければなりませんが,‘밟는’は上の例外に該当し,また‘’音が‘ㄴ, ㅁ’の前で〔〕と発音され(‘標準発音法’第18項参照)〔밥:는밤:는〕と発音しなければいけません。
 第二に‘ㄺ, ㄿ’の場合は‘標準発音法’第11項に語末または子音の前でそれぞれ〔ㄱ, ㅂ〕と発音するように規定されています。例えば‘닭, 맑다, 늙지’は〔닥, 막따, 늑찌〕と,‘읊다’は〔읍따〕と発音するように例示されています。ところが‘’の場合には‘’の前で例外的に〔〕と発音するように規定されているので注意しなければいけません。これに従って,‘읊고’は〔읍꼬〕と発音しなければならず,‘말게’は‘’の前なので〔말께〕と発音しなければなりません。
 最後にこれら複パッチムが母音で始まる助詞や語尾,接尾辞と結合する場合の発音については‘標準発音法’第14項で,後続子音を後続音節の初声音として連音化し,‘’の場合は濃音で発音するように規定されています。すなわち,‘닭을, 맑아, 여덟이, 넓어, 핥아, 읊어’などをそれぞれ〔달글, 말가, 여덜비, 널버, 할타, 을퍼〕などと発音するが,‘외곬이, 넋이, 값을, 없어’などのように複パッチムの後半のパッチムが‘’のときはそれぞれ〔외골씨, 넉씨, 갑쓸, 업써〕などのように濃音で発音しなければなりません。
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キーワード:아니오아니요

Q:(第3巻第2号:1993年夏)‘아니오’と書くべきか,‘아니요’と書くべきなのか教えてください。
A:아니오’と‘아니요’のうち,どちらかが正しくもうひとつが間違っているというのではなく,‘아니오’と書かなければならないときと‘아니요’と書かなければならないときが別個に存在します。
 まず,‘아니오’と書くべき場合を説明します。‘−’は動詞・形容詞の語幹の後ろや先語末語尾の後ろに付く語尾です。従ってこのときには‘−’がなければ完全な文になりません。
    (1) 철수가 산에 가오.
    (2) 어서 오시오.
    (3) 그것은 내 잘못이 아니오.
 上の(1),(2)で‘−’を除いてみると‘철수가 산에 가−’や‘어서 오시−’のように完全な文になりません。このような場合に対しハングル正書法15項の付則2では,たとえその発音が先行する‘’母音のために‘’に変化したとしても‘’と書くように規定されています。(3)も‘−’を除いてみると‘그것은 내 잘못이 아니−’となり,やはり完全な文章になりません。したがってここでも‘−’と書かなければなりません。この場合の‘아니오’は形容詞‘아니다’の語幹‘아니−’に終結語尾‘−’が付いたものです。
 上の(3)とは異なり‘아니요’を使わなければならない場合があるのですが,これは‘’の性格を考えてみると‘아니오’と書かなければならない場合との差異がわかります。‘’は(4)で見られるように,単独で文の成分を構成できる単語や句の後ろに,または(5),(6)で見られるように‘−아 / 어’や‘−’のような終結語尾の次に付く助詞です。(4)〜(6)では‘’が入らなくても私たちが日常生活で使う言葉となります。ただ単に,‘’がある文は聞き手を高めてくれますが‘’がない文はそうではないという差異があるだけです。
    (4)철수가(요) 어제(요) 참외 서리를(요) 했어(요).
    (5)여기 좀 앉아(요).
    (6)내 그림 멋있지(요)?
 もはや‘아니요’を使わなければならない場合がどのような場合かお分かりでしょう。‘’なしで‘아니’だけでも使うことはできるがそのように言うと行儀が悪いと叱られることになる場合に使うのです。まさしく(7)のような場合です。
    (7)심부름 갔다 왔니?
      아니(요), 아직 못 갔다 왔습니다.
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キーワード:온갖온가지

Q:(第3巻第2号:1993年夏)標準語規定14項をみると略語の‘온갖;’を標準語と認定し、原語である‘온가지’を非標準語と規定していますが,ハングル正書法32項では‘온가지’と‘온갖’をどちらも認定しているように見うけられます。これは矛盾ではないでしょうか?
A:これはハングル正書法32項の解釈から生じる問題です。ここに32項を引用して見ます。“単語の末母音が縮約されて子音だけ残ったものは,その前の音節にパッチムとして書く。”ここで問題となるのは原語を認定するかどうかという問題です。これを確認するために例を見ることにします。例ではまず原語を示し、横にその略語を示しています。ここで例に挙げられているものを見ると,‘가지고, 가지지’と‘갖고, 갖지’のように原語と略語をどちらも使用しているものと,‘기러기야’の‘기럭아’のように略語のみ使用するようなものが挙げられています。したがってこの規定が原語を認定するのか,あるいは認定しないかのどちらかであるのかを明確に回答することはできません。このような事情は略語を規定しているハングル正書法第5節の32項〜40項すべてにかかっている問題です。このような問題が生じたのは,略語に関して規定している5節が略語と原語のどちらかひとつを認定する規定ではなく,ある語に対して略語が生じたときに,これをどのように書くべきかを述べた規定だからです。したがってここに示されている略語は明らかに認定されているものであるが,原語の場合は,大部分のものは認定されているとはいうものの,正確なことは別の条項の規定にしたがわなければなりません。
 したがって、ハングル正書法32項では‘온가지’が‘온갖’の原語として提示されただけなので‘온가지’と‘온갖’に関してハングル正書法と標準語規定が矛盾しているのではありません。結局標準語規定にしたがい,‘온갖’のみが認定され,‘온가지’は認定されません。
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